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NPO法人ニュースタート事務局関西

書籍案内・書評

『<私>のメタフィジック』永井均著 勁草書房

1)デカルト論

 永井均は『<私>のメタフィジック』(勁草書房,1986)でデカルトのコギト・エルゴ・スムについて論じている.永井によれば,デカルトを近代的自我の確立者と見ることは,デカルトが論じていた内容についての一面的な理解にもとづくものにすぎないのであり,近代的自我がデカルトにおいて成立したとしても「その際にデカルトが担〔にな―HP管理人.以下同〕った意義は,その成立の端緒において成立すべきものを解体してみせたという点にのみある」(51〜2頁)というのだ.

 このことについて永井は,デカルトの『省察』の次の箇所を取り上げることによって明らかにしようとしている.

 「しかしながら,今,誰か知らぬが,この上なく有能で,この上なく狡猾〔こうかつ〕な欺〔あざむ〕き手がおり,策をこらして常に私を欺いているのである.彼が私を欺いているのなら,それゆえに私があることは疑い得ない.欺くならば力の限り欺くがよい.しかし,私が何ものかであると思っているあいだは,彼はけっして私を何ものでもないものとすることはできないだろう.こうして,すべてを存分にあますところなく考え尽くしたあげく,ついにこう結論せざるをえない,『私はある,私は存在する』というこの命題は,私によって言表されるたびごとに,あるいは精神によって把握されるたびごとに,必然的に真である,と.」(59頁より重引)

 永井はここに出てくる欺き手をデカルトの意識の内部にある悪霊とみなし,デカルトがこれに欺かれてニセの自己意識として,私は何ものかである,と思ったとしても,デカルトが思っているあいだは,デカルトを何ものでもないものとすることはできない,というように解釈した上で,「悪霊がどれほどの力をもっていようと,『私が私が何ものかであると思っているあいだは』この私の存在は疑い得ないのである」(60頁)と述べている.

 つづいて永井は,ここで,デカルトが到達した「私」について考察し,これはデカルトの意識ではあっても,デカルトの自己意識ではないことに注意を促〔うなが〕している.さらにこの「私」は誰もがそう名乗れる「私」でもない,というのも,この「私」は,たったいま悪霊に欺かれて,私は何ものかであると思っている「私」であり,「この私」に他ならないからである.

 ところがデカルトは,せっかく「この私」としての私に到達しながら,すぐにこの地平から撤退してしまう.永井によれば,「私はある,私は存在する」という「この私」についての規定が,デカルト自身によって,誰もが到達できる自己意識として語られてしまっているからである.

 永井によれば,デカルトが最初に疑いえないとした私は「この思っているものの存在だけであり,したがって,この思いの主体であるという,ただそれだけの限りにおけるこの私の存在だけなのである」(71頁)にもかかわらず,次には,この私を一般的な私として取扱ったというのである.

 

2)不在の実体としての<私>

 永井は,このデカルトの最初の私は,デカルトという歴史上の一人の人物に帰属する諸事実を示すものではなく,また,私という概念の普遍妥当〔ふへんだとう〕的な本質を示しているものでもないと考え,私についての第三の問を構想している.

 この第三の私を永井は,<私>と表記し,私,「私」,<私>という三つの間について考察している.
  永井によれば,<私>とは不在の実体であり,「存在するとは言えない場所に<存在>する」(75頁)のであり,「<私>への問は,はっきりと,つまり言葉で問われた瞬間に,前記の二つの問いに分裂・変質」(75頁)してしまうものである.

 「<私>は,一方では,その事例が無数に存在する「私」なるものを意味するのでもないが,他方ではまた,永井均という一人の実在の人間にかんする何かを意味するのでもない.しかし,それはたしかに<実在>し,ある意味ではそれこそがすべてである(それが無ければ何も無いのと同じ)とさえ言える.」(82頁)

 永井が想定しているこのような<私>を言葉で説明しようとすれば,<私>に対して,永井均という具体的な人間の側から接近していくか,それとも一般的なものとしての「私」から接近していくか,という二つの道に分かれる.永井はこの二つの道筋による考察を実行した上で,前者に,人間実在依拠〔いきょ〕型の<私>把握〔はあく〕と名づけ,後者に「私」概念依拠型の<私>把握と名づけている.

 永井は,この二つの把握を,いずれも虚構であるとしながら,しかし,それらが単に誤謬〔ごびゅう〕であるとは見ていない.それらは,ある事実を捉え損〔そこ〕ねてはいるが,しかしその捉え損ねが,別の事実を,より重大な事実をつくり出している,というのである.

 「<私>は超越(論)的な存在者である.しかし,その超越(論)性は独特であって,それを捉えるためには,現実的世界において認められている実在性・事実性を拙去(遮断)すると同時に,本質性・形相性を排去(遮断)する独特の還元の操作が要求される.しかし現実世界における自己であることをひき受けながら,その還元の操作を遂行することは不可能である.そして,その意味で,自己であることをひき受けることなしに,何か意味のあることがいえるとは考えられない.<私>について何かが言えた(通じた)とすれば,それは少なくともどちらか一方の排去が不徹底だったからでしかない.私のここまでの叙述も,例外ではない.ここまでの叙述は,『私』概念の本質的性格と『この』という指示詞の機能とを利用して,<私>の存在すべき形式的な位置を比喩的に示したにすぎない.そしてそれ以上のことは原理的におこないえないと思う.」(93頁)

 

3)分析と綜合

 永井の議論につきあってみて気づくことは,叙述が常に分析的であり,綜合する,という発想がないことである.だから,ここでの永井の展開も,分析的思考だけを用いる,という限定つきならば十分理解しうるのであるが,しかし,思考には綜合的思考もある.それは単に思弁として片づけてよいものではなく,現実的な諸関係を考察するときに展開せざるをえない弁証法的思考がそこに含まれている.

 永井が分析的思考によって<私>の存在について,ここまで解明し切ったのであれば,今度は逆に,<私>という不在の実体から出発し,綜合的思考によって,「私」と私にたどりつく道はないのだろうか.そうするためには,ヘーゲルの概念論とマルクスの価値形態論をアリアドネの糸とするだけでよいように思われる.

 ヘーゲルの概念論の立場からすれば,永井の最初の私は,個別性であり,次の「私」は特殊性であり,<私>は一般性(普遍性)ということになろう.その際,一般的なものとしての<私>は,個別性としてある私にも,特殊性としてある「私」にも覆〔おお〕い被〔かぶ〕さっており,だから,個別性としてある私は,「私」と<私>をそれぞれ契機として含んでいることになり,また,特殊性としてある「私」も私と<私>をそれぞれ契機として含んでいることになる.
  だから,永井も言うように,一般的なものとしての<私>は実在性(個別性)と本質性(特殊性)とを遮断するところに成り立つが,永井が個別の人間にとってはこの遮断を行いえないと見るのは,個別が,一般性と特殊性を契機としてもっていると見ていないからである.個別の私と抽象的な「私」とは別のところに,第三者として<私>がある,という永井の問題の立て方そのものの中に,個別からは<私>が見えない,という結論が含まれてしまっている.そうではなく,<私>自身の実在の様式として「私」を媒介とした個別の私が存在している,と見るのがヘーゲルの見方である.

 もちろん,ヘーゲルにすがっているだけでは,個別重視の分析的思考者である永井にとって対極にある一般(普遍)重視の思弁的思考を対置するに終わってしまう.ヘーゲル哲学が結果として思弁に終わるのは,自我と対象との関係として意識を措定する際に,意識の両極としてある自我と対象を意識の契機とすることで双方を意識に合一し,そしてこの主体と客体とが合一されたものとしての意識を主体と捉えてしまっていたことにもとづいている.

 つまり,ヘーゲル弁証法における矛盾の根本原理は,対立物の同一性にあり,この同一性とは,自我と対象とはそれぞれ意識の契機である,という意味での同一性のことだった.これに対して,意識関係のうちでしか双方の同一性はない,ということを明らかにすることで獲得された絶対的他者の同一性という見地から問題を捉え返すことが問われている.この問題に入る前に,永井の他者論を見ておくことが必要である.

 

4)他者論

 永井は,『<魂>に対する態度』(勁草書房)のVで,他者について論じている.私,「私」,<私>という三つのわたしの区別を行った永井は,他者についても従来の「他我問題」というテーマで論じられてきた他者論とは別の他者論を展開している.従来の「他我問題」で論じられている私の他人意識には,本来の意味での他者が問題とされる余地が残されていないと述べた後,次のように続けている.

 「では本来の意味での他我とは何か.それはすなわち『世界に対する態度』であるような,私の他人意識によっては決してとらえられないもののことである.他者が存在するということは,まさしく,私が外から見たり,近づいたり,ましてや入りこんだりすることが決してできない何かが存在する,ということなのではあるまいか.言い換えれば,他我認識の不可能性においてこそ,他我の存在は成り立つのではなかろうか.他者は,私の『世界に対する態度』の一部ではない.それはむしろ,そうなることを徹底的に拒むところにこそ存在するものなのだ.なぜならば,他者は物のような世界の一部ではなく,そこから(も)世界が開けている,世界の原点だからである.世界の中にある物と世界を開く他者とでは,その存在の意味はまったくことなっているはずなのである.」(20頁)

 永井が発見した<私>は,具体的な私や,抽象的な「私」とは異なり,そこから世界が開けてくる世界の原点であった.私をこのように捉えるならば,当然,他人も,具体的他人や,私が開いた世界に居る他者ではない,ということになり,この観点が永井の出発点である.そして従来の他我問題は,私の世界の内にある他者を問題にしてきたのであった.
  これに対し,永井は<私>と同じ構造をもった他者を設定する.この本来の他者は,私の他人意識によっては捉えられないものであり,そこからも世界が開けている世界の原点だった.この他者把握は当然にも<私>の捉え方にはね返ってくる.そこで永井は,あらためて<私>について次のように述べる.

 「要するに問題は,世界には並び立つ無数の人間たち,つまり諸々の『私』たちだけではなく,特別な例外的なあり方をした一人の人間,つまりこの私というものが存在しているということであり,そしてその例外的なありかたは,その人間のいかなる性格とも無関係に成立している,ということなのである.これが問題の出発点である.この事実を,私は次のように表記する.世界には,無数の『私』たちとは別に<私>が存在する,と.<私>には隣人がいない.すなわち,並び立つ同種のものが存在しないのである.」(225頁)

 「他者とは,いつも常に,隣人をもたないものの隣人である.それは,決して到達することのできない,根本的に異質な,もうひとつの世界(の原点)であり,理解しあうことも助け合うこともついには不可能な,無限の距離をへだてた,あまりにも遠い隣人なのである.<魂>に対する態度とは,それゆえ,それに向かって態度をとることができないものに対する,愛や共感や理解を超えた態度なのであった.」(235〜6頁)

 ここで永井が「<魂>に対する態度」というのは,絶対的他者に対する私の態度のことに他ならない.それは,私が感性や知性にもとづいて思考している限りでは捉えられないものだった.

 ところで私は以前に,この永井の他者論をとりあげ,永井が発見した<私>は思惟にもとづく私ではなくて,類としてある個(この私)のことであり,社会関係によって形態規定されたもののことではないかと指摘したことがあった(「根源的他者と価値形態論」『情況』1991年 9月号所収).
  つまり<私>とは多くの「私」との関係のなかで行われる綜合による抽象(事態抽象)の産物であり,この抽象の様式は思考が行う抽象の様式とは異なっているのである.そして,ここで永井が語っている<魂>とは,それぞれの<私>が類を担う際の類の実体であり,永井はこの<魂>の措定によって,異なる実体から成る類,つまり他者を措定しえたのだったのだ,と.

 永井自身はその後『<私>の存在の比類のなさ』(勁草書房)で,独在性のわたしとしての<私>と単独性のわたしとしての≪私≫とを措定し,従来の思想の緻密化をはかっている.それとは別に,私は以前の指摘に従って,永井説を別の観点から捉え返してみよう.

 

5)世界との関係としての<私>

 永井の<私>は,そこから世界が開けてくる原点であり,それは具体的人格としての私や,言葉としての「私」とは関係のないものだった.永井はその際<私>が世界を開く原点である点に固執しているが,しかしこれは他方では,世界から見られている原点でもあり,<私>と世界とは反照関係にあるはずである.もし,<私>と世界との間に関係がなければ,そもそも<私>は世界を開くことなど出来ないはずだ.というより,世界を開くということ自体が<私>と世界との間に関係を形成することなのだ.そこで問われるのは,<私>と世界との関係は一体何かということである.

 この関係が意識関係ではないことは明らかである.永井は具体的人格でもなく,言葉としての「私」でもないものを<私>と措定したのだから,そこには思考や意識の関係は含まれてはいない.そうだとすると,その関係とは,意識関係以前に成立している人間の社会関係だ,ということになりはしないだろうか.

 ここで注意しておくべき点は,人間の社会関係と言えば,それは必然的に意識関係を含まざるを得ない,ということだ.だから永井は<私>を措定したにもかかわらず,<私>を意識で捉える場合は,絶えず私と「私」との間に二分化してしまうと見なさざるを得なかった.そして,哲学者としての永井にとって,意識関係以前に成立している人間の社会関係について具体的に解明する方法を手に入れてはいなかった.だからそれは,永井にとっては<魂>とでも名付ける他はないものだった.

 人間の社会関係が意識関係を形成する以前にすでに形成されているものであることに注意を促したのは,レヴィナスだった.彼は意識関係以前に成立している社会に倫理的関係をみた.しかし,この種の問題の解明は哲学者には向いていない.というのは,哲学者の場合には,問題を結局は意識論のレベルで考えるから,意識関係以前に形成されている社会関係について哲学では捉えられないというアポリアに陥るからだ.

 というわけで,かの「悪名」高きマルクスの,存在が意識を規定する,というテーゼに立ち戻ってみよう.かっては,いわゆる唯物史観の公式として重宝されたものである.

 「人間は,彼らの生活の社会的生産において,一定の,必然的な,彼らの意志から独立した諸関係に,すなわち,彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる.これらの生産諸関係の総体は,社会の経済的構造を形成する.これが実在的土台であり,その上に一つの法律的および政治的上部構造が立ち,そしてこの土台に一定の社会的諸意識形態が対応する.物質的生活の生産様式が,社会的,政治的および精神的生活過程一般を制約する.人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく,逆に,彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである.」(『経済学批判』序言,国民文庫,15〜6頁)

 この公式が流布〔るふ〕されたとき,物質的生産諸関係が人間の意識から独立している(レーニンの場合)というように解釈され,土台である経済的諸関係のうちに人間の意識的な関係が存在しないかのように受けとめられた.しかし,マルクスは,生産諸関係が人間の意志から独立している,つまりは,この関係は人間の好み通りにはつくれない,ということを言っているだけで,この関係が同時に意識関係でもあることを決して否定しなかった.だから,人間の社会的存在が人間の意識を規定する,ということも,意識関係を含まない生産諸関係が人間の意識を規定する,という意味ではなかった.つまり,人間の社会的存在が,自分の意志では自由にならない生産諸関係のもとにあり,かつそれが特有の意識関係を含んでいるがゆえに,人間の社会的存在が人間の意識を規定することになるのである.
  マルクスの『資本論』を読めば明らかなことであるが,マルクスは,社会の物質的生産諸関係が人間のどのような意識関係で紡ぎ出されているかを示した.もちろん,この意識関係は意志から独立したものであるから,人間にとっては意識関係とすら意識されず,社会的自然としてしか意識されない場合が多いのであるが.というわけで,哲学から離れたところから,永井の<私>について考察してみよう.

 

6)社会関係の実体としての<私>

 マルクスは『資本論』の「商品」章の価値形態論で,商品の秘密と謎を解明している.20世紀は世界の富がますます商品化し,そして日本でも80年代以降は,商品の売買なしには生活できない人々が大方を占めるようになってきているから,商品とは何か,という問が,デカルトの時代の私とは何か,という問と同等の意義をもつようになっている.あらためて,商品とは何か,と問うてみよう.但し,ここでは『資本論』について一応の知識を持っていることを前提に話しを進めていく.

 例えば,今1台のテレビが2着のスーツと同じ価格で買えるとしよう.実際に物物交換がなされるわけではないが,同じ価格をもつ商品は,1台のテレビ=2着のスーツという等式で表現できる.テレビとスーツは別のものだから,ここで等しいとされているものは,テレビでもスーツでもない第三のものであるが,この第三のものは,二つの異なる商品が関係(交換関係)をとり結ぶ際に目に見えない形で現象する.この目に見えない現象形態,感性では捉えられない現象をどのようにして捉えることが出来るのだろうか.

 先の等式は,1台のテレビは2着のスーツに値する,という意味だから,テレビの価値が2着のスーツという一定分量の商品の使用価値で現されている.このことは感性で把握し得る.問題は,2着のスーツは,1台のテレビという商品との関係の中では,スーツという使用価値は捨象され,価値なるものの担い手としてのみ存在していることだ.

 つまり,スーツには,この関係の中では衣類という自然的な属性をもつ使用価値としての意味に,それがどれだけの価値を含むものか,という,全然別の社会的な意味が付与されているのである.

 関係の中にあっては,両極はお互いに相手を別のものへと規定しあうことで,関係を成立させているのであり,マルクスは,これを形態規定と名付けた.そして,両極は関係のなかでも感性に対してはもとのものであり続け,関係のなかで別のものとして規定されること自体は超感性的な出来事なのだ.

 商品の価値形態が,二つの商品を両極にした超感性的な現象形態と見たマルクスの見地から,永井の<私>を捉え返すとどうなるだろうか.それは「私」という言葉でしか表現できないこの私が,自分の身体をもち,普段と何も変わらないままに,社会の中では社会関係によって形態規定され,<私>の化身となっているということだろう.この<私>は,思考によって捉えられるこの私や「私」一般ではなく,それとは別の性質を他から与えれた,この私なのだ.

 マルクスが価値形態論で論じ発見した形態規定をヘーゲル弁証法と対比しておくことで,先に立てた問題に解を与えておこう.

 ヘーゲルにあっては,意識一般は,自我と対象との関係であり,そして,自我と対象という両極をともに意識の契機とみなすことで,意識の弁証法を展開したのであった.ところが,形態規定の見地からすれば,ここで両極の関係のうちで成立している意識という第三のものが,対象によって形態規定された自我を意識の化身にしている,ということになる.そして,自我が意識の化身としてあるのは,両極が意識関係をとり結んでいる限りにおいてのことだ.

 そうだとすると,対立物の同一性というヘーゲル弁証法の根本原理は,両極の意識関係のうちでしか成立しない同一性を絶対的なものとみなしてしまっていることが判明する.そして,問題は,対象と自我という絶対的他者の同一性を,他性を捨てずに展開する,というところにある.

 ヘーゲルの概念論は意識を主体としてみるところに成立している.だから<私>自身の実在の様式として「私」を媒介とした個別の私が存在する,という見方からは他者論が出てこない.永井がヘーゲルを自己意識論のなれの果てとみることにはもちろん一理はある.

 しかし,へーゲル弁証法を転倒し,意識を絶対的他者相互の関係における同一性とみなすと,西欧近代哲学の自己意識論を根底からひっくり返すことにならないか.

 例えば,対象を自我に対しているもう一つの自我と考えてみよう.そして,両極の関係を意識関係としてではなく,ただ単に社会の中に一緒に居る,という一般的社会関係を想定してみよう.ここで自我は,他の自我に見られて形態規定され,社会関係の化身とされる.ここでは絶えず社会(類)が自我(個人)のうえに覆い被さっている.

 これが永井が発見した<私>の存在様式ではなかろうか.

 今,社会の全ての構成員を考え,それぞれの自我をとりまく社会を設定すると,自分自身は社会の側には入れないので,それぞれの自我の外にある社会は少しづつずれた社会(類)として存立し,そして,全ての構成員を少しずれた社会(類)の化身とするだろう.社会の全ての構成員が,類としてある個であり,そして,その類が少しずつ異なるという意味で絶対的他性をもつ,これが「並び立つ同種のものが存在しない」という永井の他者論の現実的土台ではないだろうか.そしてまた,これが,伝統的な自己意識論や独我論をひっくり返すテコとなろう.

境毅 ニュースタートパートナー