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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

引きこもりの外にあるもの

日本全国には100万人以上の『引きこもり』がいるという。誰も正確に数えたり、統計的な調査をしたことはないはずだが、なぜだかそう言われている。中には、ある引きこもり関連団体は129万人というまことしやかな数字をパンフレットに書いている。100万人といわれれば、そんなものかなあ?と思うが、有効数字3桁で示されれば却ってうそくさい。引きこもり問題は、それほど科学的に解明されている段階ではない。

 

100万人とか、ましてや129万人などという数字には私はまったく責任を持てないが、私自身の体験と、実感でお伝えしておきたい数字がある。それは、引きこもりの程度と実態から100万人といわれている引きこもりが、すべて一律に同じ状態ではないということである。最初精神科医の斉藤環氏は引きこもりの定義を『六ヶ月以上社会参加せずに自宅にひきこもり』と書いた。(後に斉藤氏は『自宅に物理的に引きこもっている人とは別に、自宅から外出できるが社会参加しない人を<社会的引きこもり>という』と定義に修正を加えている)

 

この『自宅に引きこもって、まったく外出できない』層を『第1種引きこもり』と分類してみよう。私の経験(これまでおよそ500人の引きこもり事例を扱った)からは、約10%がこのタイプの引きこもりである。ただし、このタイプの引きこもりのうち、結果として私は5%程度の人としか会えていない。残りの5%は親から相談を受けたが、おそらく最も頑固なタイプの引きこもりである彼らは、私たちの引っ張り出し活動にも反応せずに引きこもったままである。この第1種引きこもりは仮に引きこもり全体が100万人いるとしたら、その10%、つまり10万人ほどいることになるだろう。この第1種引きこもりの中でも、自宅に引きこもりながら両親またはその片方(多くは母親)と対話ができる人がいる。第1種の引きこもりのうちの約半数である。母子密着型といえる。残りの半数は両親とも対話せず、どうしても必要で伝えなければならないことがあると、メモ用紙に用件を書いて、ふすまの隅などから親に差し出す。この自宅内で対話のある型とない型は、一見したところ対話のあるほうが状態は良いと思えるが、引きこもりからの脱出可能性についてはどちらも同じ程度である。むしろ母子密着型の方が、そのまま安定した引きこもりを続けてしまう可能性が高いともいえる。

 

さて『第2種引きこもり』とは、自宅内で引きこもっているのだが、夕方以降や深夜などには外出することができ、コンビニやビデオショップに出かけたり、自動販売機で自分の買い物などができる層である。ただし友人はいない。この層は全体の30%程度である。多くは昼夜逆転しており、人の視線を過度に気にする視線恐怖や対人恐怖などの神経症の症状を呈する。一般に引きこもりといわれるのは、この層の特性を言い、放置しておいたり、自分から脱出しようと努力しないと、いつまでもこの状態に置かれている。 『第3種引きこもり』とは、それ以外の引きこもり状態の若者を指す。従って、引きこもりが全体で100万人いるとすれば、その60%、60万人いることになる。第1種、第2種に比べると状態は軽いのだが、継続的に学校に行けず(不登校を体験)、学校を辞めて(あるいは卒業して)からも就業できていない。人間不信が強く、対人恐怖があるので友人関係も限られているか、まったくないかである。つまり『社会的適応』ができていないとみなされる。

 

しかし、彼らは外出することができ、比較的自由に行きたいところへ出かけることができる。ニュースタートのような団体にも、インターネットや口コミを通じて情報を入手し、自主的に参加することができる。親は『学校に行っていない』ことや『仕事をしない』ことに不満を持っているが、引きこもりであるということに気がついていない場合が多い。引きこもりが100万人以上いると言っても、状態はこのように異なり、状態像を示す言葉でしかない『引きこもり』という単一の言葉で示すことはできない。第1種を『真正引きこもり』というなら、『第2種』は『引きこもり症状』、第3種は『準引きこもり』とでも分類できるだろうか?

 

ところで、私が引きこもりを3段階に分類して見せたのは、それだけを青年の一般像から分離して病態として識別するためではない。おそらく、精神科医や病院関係者なら第1種や第2種は精神病患者の一種とみなし、臨床心理の関係者などは、第3種を含めた若者をカウンセリング対象として100万人レベルに多めに見積もるだろう。私の立場からは第1種を第2種に、第2種を第3種の状態に段階的に軽快化していき、その段階でハタと立ち止まる。第3種の『準引きこもり』の外側にどんな青年の状態像がありうるのだろう、と。そこには『第4種』とも言うべき、膨大な青年層が存在している。それは、もはや引きこもりとは名づけられないが、『フリーター』や『パラサイトシングル』と呼ばれ、中には就労はしているが『うつ病』と言われるような症状を抱えこむ人々であり、決して青年の一般像とは言えない状態であり、おそらく1千万人とか青年層の半数に近い人々がこのような状態にある。

 

引きこもりの親たちは、第1種を第2種に、第2種を第3種に改善すれば、第3種の引きこもりを『健全な職業人』に上昇させることを望む。もちろん、私たちもできればそのようになる、あるいは改善させることを目指している。引きこもりを克服して、学校生活に復帰する人もいる。就職した人もいる。アルバイトができるようになった人は数多い。しかし、彼らがなぜ引きこもるようになったかを考えれば、それを手放しで奨励することはできない。明確な目標もないのに、競争生活を押し付けたことが大半の人が引きこもりになった原因である。『就学』や『就労』に復帰すれば、そこでふたたび激しいストレスに遭遇し、多くは再び引きこもりになり、あるいはそれを無理やり突破した人々が『うつ病』になってしまう可能性は低いとはいえない。

 

第3種引きこもりの外周に『第4種』層が厳然として存在する以上、その層を迂回して健全で安全な精神世界に住みながら社会的に適応させることができるのだろうか。『うつ病』が病気であるかどうかを別として、フリーターやパラサイトシングルの蔓延は少なくとも、青年層の精神的な弱さの反映とは言えまい。青年たちに仕事を与える仕組みをどのようにつくって行くのか?1000万人といわれるパラサイトシングルが、働きながらも自立せず、親に依存して生活しているのは、青年の自立を阻む何物かが、現代社会を蝕んでいるからに他ならない。そうした社会病理を放置したままで、青年たちの自立を望むのは、泥舟での航海を押し付けるのと変わらない。 私たちは引きこもりを生み出した社会と、引きこもりの外側にあるものから目をそらすことはできない。

7月21日