ニュースタート事務局関西のウェブサイトはリニューアルしました。
新しいウェブサイトは、下記よりご覧ください。
http://ns-kansai.org/

NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

若者の行方 〜2005.9.11衝撃とその内実〜

9.11衝撃といえば2001年ニューヨークのトレードセンタービルへの航空機突入とその後の大崩落の映像を思い出すが、2005年9月11日いわゆる『郵政解散』による衆院解散とその後の選挙速報も私にとって大きな衝撃であった。小泉自民党が勝ったとか、民主党が敗北したとかといったことではない。そんなことは選挙前の世論調査で既に予測されていたことで、多少の失望と共に胸に折り込み済みのことであった。

 

ただその世論調査で、これまでとは違って『選挙に関心』があり、『必ず投票に行く』という人たちが70%を超えていて、投票率がどのようになるのかに強い関心が向けられていた。結果として投票率は全国平均で67.51%となり、予測どおり前回選挙からの大幅な上昇となった。これまでの選挙では毎回投票率が低いことが嘆かれ、若者たちの政治への無関心が原因だと言われてきた。それは裏返せば、若者たちが政治に関心を持ち、投票に行くようになればこれまでの選挙結果とは違って、新しい政治のありようが期待できるという、漠然とした希望のようなものではなかったか。

 

今回選挙の投票率上昇が、果たして若者の投票行動参加の結果なのか、それとも小泉劇場人気による一般的な関心の底上げの結果なのかは、分析の結果が出ていないので分からない。ともあれ、これまで投票していなかった政治的な潜在層がかなり顕在化して投票所を訪れたことは事実である。事前の世論調査によって自民党の優勢は伝えられていた。これまでの一般的常識で言えば、事前の世論調査は「いわゆるアナウンス効果」によって、不利を伝えられた側に優位に傾くというのが常識であった。投票率が新しい若者層の選挙参加によって押し上げられるとするなら、自民党が勝つとしても案外の僅差接戦になるのではないかというのが、ゲーム傍観者やマスコミの大方の見方であった。ところが、結果は自公勢力の3分の2議席達成という『衝撃』的結果だったのである。

 

私にとっては、政治党派がそれぞれどの程度の議席を得たかよりも、若者たちの政治参加が、弱者の政治勢力を押し上げるのではなく、おそらく勝ち組へのなだれ的な加担につながったのだということが大きな衝撃であった。

 

今回の選挙は本質的な争点が『郵政』であるのかどうかは別にして、いかにも保守的な相貌の自民党内郵政反対派に対して、小泉首相がビジュアル系セレブ女性を刺客に送ってその奮闘振りに注目を集める劇場型選挙であった。背景には自民対民主の政権選択選挙の性格もあったが、小泉が国民に迫ったのは郵政賛成か反対か、刺客攻勢の勝ち組か、ローカル保守の負け組みか。いわば白か黒かの二者択一であった。投票率分析は出来ていないがおそらく新規参加の若者たちがこの『勝ち組』に乗ってしまったのだろう。いわば強者の論理になびいたのである。

 

上の分析自体が仮説であるが、この傾向がある程度真実であるとすれば見逃せない。国民の経済的格差が拡大傾向であることは事実である。いわば勝ち組と負け組みの分水嶺の時代である。事実、ある革新政党は『勝ち組政治に加担するのか、それとも反対するのか』と訴えていた。年収200万円以下の世帯が増え、フリーターの若者の所得は100万円にも届かない。さらに、NEET・引きこもりとなれば無職・無収入である。彼らが勝ち組であるわけはなく、この政党は彼らの共感と一票を獲得すべく訴えたのは明らかである。

 

ところが彼らは期待を裏切り、勝ち組に一票を投じた。それは、現実的な政治的選択として勝ち組政治に反対することよりも、自分もまた勝ち組の一員になりたいという一心で、小泉側の人間として生きたいという願望に他ならない。

 

問題なのは、圧倒的な社会的弱者の立場に押し込まれている若者が、勝ち組・負け組みという格差社会に気づかず、ただ自分のみは勝ち組みになりたいという利己的な願望に身を委ねたのではないかという暗澹たる事実である。

 

これまでにも何度も指摘してきた。パートや派遣労働など非正規雇用の労働者は今や労働者全体の40%を超過している。これらすべてが若者ではないが、フリーターといわれる若者がこの一群の中にいることは間違いがない。フリーターの人たちの生涯賃金は、正社員の3分の1に満たないという。現実にフリーターが一所懸命働いても、月に10万円そこそこで、年間100万円の所得を確保するのは難しい。当然ながら、雇用保険もなくいつ失業させられるか分からない。厚生年金も企業年金によっても守られていない。国民年金や保険の未払い者もフリーターに多い。

 

こうした雇用差別はどのように起きてきたのか?根底的には、日本人の人件費が高くなり労働力を外国から調達するために、日本企業の多くが生産拠点を海外に移したことによる。リストラによる多くの失業者を生み出し、多数のホームレスさえ生み出している。国内の事業所でも企業利益を守る為に、労働力の主力を人件費の安いパートやアルバイトに切り替え、そのために新規学卒の募集がストップされ、若者の就職状況は氷河期と言われるようになった。

 

私には大企業や保守的旧世代による若者の社会的虐待としか見えない。そのことの結果がフリーター・NEET・引きこもりの増大であり、結婚もできない若者の孤立や少子化の背景にあることは疑う余地がない。一方で大企業意思の代弁者こそ自由民主党であることは明らかである。大企業やその連合体である日本経済団体連合会(旧経団連)が自由民主党に政治資金を献金するのも明確な理由がある。国政選挙は個別法案の賛否を問うものではなく、国の政治や経済運営の基本的な方向性について国民の意思を表す最大の機会である。雇用者の40%をも占める非正規雇用者たちは誰に投票したのであろうか?その父母や祖父母たちは?中小零細事業者たちは?国家公務員や地方公務員たちは?

 

若者たちであるかどうかは不明だが、投票率を押し上げた新しい選挙参加者たちは、どうやら勝ち組に加担した。その人たちの意思を非難することは出来ない。勝ち組が勝ち組の生活や社会のシステムの維持に加担しようとするのは当然であろう。しかし圧倒的多数であるはずの負け組みの人々までもが、それに加担するのはなぜなのか?

 

『郵政民営化賛成か反対か』と問いかけた小泉政権は、同時に『あなたは<勝ち組>に入りたいですか、<負け組み>に入りたいですか?』とも問いかけていた。『適切に判断します』と誤魔化す小泉首相のワンフレーズ政治の目くらましにまんまと引っかかってしまったわけである。勝ち負けという判断基準の単純化そのものが≪適切≫ではなかったのではないか?

2005.09.14.