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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

友だちのいない国

 ドイツの作家ミヒャエル・エンデが書いた物語『モモ』をご存知ですか? エンデといえば『ネヴァー・エンディング・ストーリー』が映画にもなり,有名なので,ご存知の方も多いでしょう.
  『モモ』は1973年に出版され,日本語版は1976年に岩波書店から出版されています.『モモ』は,『ネヴァー・エンディング・ストーリー』と同様に,子供向けのファンタジー小説ですが,現代社会に対する鋭い批評でもあり,是非読んでいただきたい1冊です.(ニュースタート事務局関西のHPの書籍紹介,書評等参照)

 さて,『モモ』では時間貯蓄銀行の社員である<灰色の男>たちが,大人達に『時間の貯蓄』=時間を節約して仕事に精を出すことを勧め,結局人々の<時間>=<労働>を奪って行くのですが,子どもたちは<灰色の男>たちの言いなりにならず,不思議な少女モモたちと楽しく遊んでいます.
  しかし,大人達が忙しくなるに連れて,子どもたちの遊びも,お金で買い与えられた玩具や人形に頼るようになり,やがて稽古ごとや勉強にばかりいそしんで,友だちとの付き合いを軽んじるようになります.
  物語の結末がどうなるか,このファンタジーが現代の産業社会に対する鋭い批判であり,四半世紀が過ぎた現在の文明や引きこもりの発生を予言していることなどは,実際に『モモ』を読んでみてご自分で考えてみてください.

 「引きこもり」は社会病理の反映であって,個人の精神障害やその他の病気ではない,というのが私の主張です.でも,引きこもりの人が自分の意思で,自分の行動や人間関係をコントロールできていないのは事実ですから,親や周囲の人は何らかの『病気』だろうと考えます.敢えて言えば,『友だちができない<病>』だろうと言っておきます.
  病気だからといって,薬局やお医者さんに行って『友だちができるようになる薬ください』などと言っても,もちろんそんな薬はありません,念のため!

 そこで,なぜ『友だちができない<病>』になってしまうのかが分かれば,その<病>を治す方法も見えてくるだろうというのが,私達の推論です.
  エンデの『モモ』から1箇所だけ引用します――
『人生でだいじなことはひとつしかない.』と男(灰色の男:西嶋注) はつづけました.『それは,なにか成功すること,ひとかどのものになること,たくさんのものを手に入れることだ.ほかの人より成功し,偉くなり,金持ちになった人間には,そのほかのもの ―― 友情だの,愛だの,名誉だの,そんなものはなにもかも,ひとりでに集まってくるものだ.』(126頁)

 文学作品の寓意というものは,もともとこうした教訓を示すもの,と言ってしまえばそれまでですが,これは引きこもりの人の陥っていると言うよりも,ほとんどすべての若者や大人に共通する,『上昇志向』の『本音』を暴露している様です.
  エンデは『エンデの遺言』(NHKブックス,2000年2月発行)の中でも,「問題の根源はお金にある」と言っています.詳しく言うと金融システムの批判をしているのですが,大雑把に言ってしまえば,資本主義や市場経済の中での競争は,『人生でだいじなことはひとつしかない』というような価値観や行動様式を生み出してしまうということです.

 おそらく,エンデがこのファンタジーを書いた時代(1973年頃)には私達の多くは,こうした考え方の誤りに気づいていませんでした.1980年代の終わり頃には,ドイツではベルリンの壁が崩壊し,東欧諸国の社会主義体制も崩壊して,市場経済の計画経済に対する優位性が改めて確認されたようなものですから,むしろ<競争礼賛>の考え方が広がり,日本は丁度ぎりぎりのところでバブル経済が生き残っており,世界的にも資本主義の先頭ランナーのようなものでした.

 資本主義や市場経済には,競争してお金を儲けたり、殖やしたりする自由が認められていると同時に,法を侵してはいけないとか,他人の自由も尊重しなければならないというルールがあります.他人に不快感を与えないことや迷惑をかけないというのも,欧米の近代化の中で尊重されてきたルールのひとつです.
  日本でもこの『他人に迷惑をかけない』主義というのが,戦後の高度経済成長の中で随分と幅を聞かせるようになりました.ひとつは,この時期に大都市への人口移動が集中し,人々は過密で,うるさく,忙しすぎる日常を過ごさなければならなくなったからです.『他人に迷惑をかけるな』が大人たちの口癖のようになりました.つまり,日本の若者たちは競争して他人よりも,裕福になる<自由>と,他人に迷惑をかけてはいけないという<不自由>を手に入れました.

 最近満員電車の中でよく嫌な思いをすることがあります.肩から提げているカバンや手に持っている新聞などが隣に立っている女性の体の一部に触れたりすると,キッと振りかえってにらみつけられます.そんなとき,折悪しく電車の車内アナウンスが『痴漢は犯罪です』などと,この神経過敏な女性の肩を持つようなことを言います.
  このキッとして振りかえったりするのは,最近,女性に限らず男性にも増えています.つまり,痴漢であるかどうかではなく,人に触れられるのが嫌なのです.
  別にこの人達と友だちになりたいと思っているわけではないですが,こういう経験をすると悲しいというか,腹立たしいというか,何だか切ない思いがします.《迷惑》という感情を過剰に押し付けられると,迂闊に他人と深い付き合い方をすることができないようになります.ましてや,迷惑をかけない,掛けられたくないと何時も警戒している人とは友だちになれません.友だちとは互いに迷惑を掛け合っても赦し合える関係のはずですから.

 『だいじなことはひとつしかない』のような考え方は,物語の中で出てくれば,その間違いに気がつく人が多いと思いますが,実際には『上昇志向』に囚われている多くの人が,そっくりな考え方をしています.後半の『そのほかのもの ―― 友情だの,愛だの,名誉だの,そんなものはなにもかも,ひとりでに集まってくるものだ』というところまでは意識していないとしても,前半の『なにか成功すること,ひとかどのものになること』というのは,誰にでもある<野心>というものかも知れません.野心そのものは良いのですが,問題は『ほかの人より成功し,偉くなり,金持ちに』なるという点であり,人を見るとすべて『競争相手』『ライバル』『敵』と見なしてしまうわけです.あなたはこんな人と友だちになれますか?

 こういう考え方は,昔は一部の<ガリ勉>君に特有のものでしたが,残念ながら,今ではかなり普遍的なものになり,実は日本の教育や社会システムが奨励してきたものなのです.さらに言えば,日本という国そのものがこうした<ガリ勉>国家なのです.昔は<侵略戦争>で近隣の国々に散々迷惑を掛け,ついこの間まで<made in Japan>の製品を世界中に売りまくっていた国が,近隣の国から少し安価な製品や農産物が入ってくると,まるで電車の中でキッと睨みつける人のように,<防衛体制>に入ろうとします.
  まるで針ねずみのような国なのですから,近隣の国とも友だちになれません.

 さて,あなたが友だちを作りたいと望むなら,どんな<薬>を求めるべきなのでしょう? 
(9月6日)