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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

直言曲言 第230回 ハードワーク

 NPO法人日本スローワーク協会(以下「スローワーク」と略称)はニュースタート事務局関西の運営会議の中で発案され、ニュースタート事務局関西の下部組織であるニュースタート・ワーカーズ(任意団体)を引き継ぐ形で発足した。と言っても、スローワーク協会は完全な独立法人であり、決してニュースタート事務局の下部団体などではない。私がスローワーク協会について発言するのは、スローワーク協会の一理事としてであって、ニュースタート事務局の役員であるからではない。「スローワーク」については様々な人が発言しているが、定義や定説のようなものはなく、はたして何が「スローワーク」なのか決まった言説のようなものはない。関係者・部外者にかかわらず、自分の思う「スローワーク」について自由に発言して欲しい。おそらく、30年・50年の間、「スローワークとは何か」について定説などはまとまらないだろう。

 私がスローワークについて発案または協会結成について賛同したのは勿論ニュースタート事務局関西の運動の論理からである。引きこもり支援の活動は働くこと、社会参加の応援である。しかし、実際には社会は若者の社会参加を拒絶しているとしか思えない。長い間、就職冬の時代・就職氷河期と言って、若者の新卒就職をシャットアウトするような時代が続いた。企業が収益を上げるために人件費の削減を図ったのがその原因である。新卒だけではない。あらゆる階層の労働者が過重労働に苛まれた。時代は高度経済成長やバブル経済の延長の時代であった。人々は、就労の既得権益や成長の延長、生活水準の維持のために必死に働いた。休日出勤、サービス残業は当たり前。社畜、企業戦士、猛烈社員などと言われ、家庭をも顧みず、過労死する者まで現れる有様。それを目の前で見させられていた子どもたちは、就労に恐怖を覚え、言うまでもなく、必死に他人を出し抜いて自分を売り込まなければ就職などおぼつかない時代に、しり込みをしてしまったのが引きこもりの若者であった。

 引きこもりといえども社会参加はすべきだと思う。社会の側に原因があると思えるのに、社会は働けない若者に対して「ニート」などと蔑んで憚らず、自立支援と称して「ハローワーク」に顔出しすることを推奨している。「ハローワーク」が問題を解決してくれるなら良いが、「ハローワーク」がむしろ若者の勤労意欲を阻害しているのをご存じないらしい。もちろん若者の側にも問題はある。私たちが「スローワーク」を提唱しているのに対し、若者たちはその意義を認めようとしない。「ハードで、ファストな働きをしている人にスローワークでは対抗できない。」競争社会に慣れ親しんだ彼らは、あくまでもそれに対抗する手段としてしかスローワークを理解しない。スローワークとはファストワークへの対抗手段ではなく、のろのろと仕事をするという意味ではない。スローワークとは労働者としての人間性を尊重しながら働くことである。

 K君も引きこもりの若者の一人だった。進学校として有名だった高校でふと立ち止まったK君は、そんな進学競争の中で見失っていく人間性に恐怖した。ニュースタート事務局関西の共同生活寮に入寮した時、K君はまだ16歳であった。聡明なK君は、自分の引きこもりの原因も悟り、3年間余の寮生活を全うした。退寮と前後して専門学校に入学し、調理師の勉強を始めた。昨年秋彼は一流ホテルに就職内定をもらって働き始めた。しかしまもなく彼は職場に顔を出せなくなった。「引きこもり」の再来であろうか?

 私が恐れていた事態になった。私は元引きこもりの若者が早く仕事に就きたがることを恐れていた。精神的に充分に自分を確立する前に、放埓なハードワーク社会に復帰するのは危険なのだ。K君に限らず、引きこもりの精神的危機を乗り越えた若者は必ず、社会参加、労働への参加を急いだ。引きこもっていた期間中の親の心配や経済的負担に心を痛めていたからだ。ニートだって?働く意欲のない若者なんてよく言えたものだ。若者の心をまったく理解しない人たちが言える言葉だ。スローとは仕事に就くことも急ぎすぎないことだ。

 K君の母親によると、彼は朝の9時過ぎには仕事につき、夜中の12時過ぎまで、連日働いていたという。何と15時間労働ではないか。一流ホテルとは言え、調理師といえば職人。労働者としての権利が保護されにくい職場である。20才前後の若者が連日15時間もの仕事を続けるとはどういうことか。成熟した大人が、たまに長時間労働を強いられることはあるだろう。労働基準法では使用者は週に40時間、1日に8時間を超えて労働させてはならないと定められている。ホテルだから多客時には残業をさせられることもあるだろう。入社したての若者に代休もとらせず、連日の15時間労働は無茶である。「無茶」と言ったが、実際にはそんな無茶がまかり通っているのは知っている。そんな職場に巡り合ってしまったK君が不幸だったというべきだろう。

 私は職人ではなかったが、長年の会社勤めの経験があるのでよく知っているつもりである。私は仕事大好き人間だったので、一生懸命に働いた。一生懸命に働くと疲れた。一生懸命に働くと連続3時間が限界だった。1時間の休憩をはさんでも1日5時間が限界であった。私は社長だったので社員に1日5時間以上働くなといった。残業手当が膨れ上がるのが好きではなかったせいもあるが、毎日毎日のように長時間残業する人の気が知れなかった。拘束時間も含めて8時間も働いた後は、ゆっくりと休息をとって明日の労働に備えるべきである。

 彼の職場が特別に悪条件だとも思わない。ただ、仕事に慣れた大人たちは、適当に息抜きもするだろうし、休憩もとっているはずだ。純粋な若者であるK君にそんな要領の良いまねができるはずはない。K君にとって不幸なのは、職場の同僚も兄弟子も親方も、みんな良い人だったのだろう。みんな良い人だから、自分一人弱音を吐くことができなかったのだろう。長時間労働に耐えながら、自分を根性無しとののしる世間の目に耐えようとしたのだろう。若者だから15時間も料理ばかりさせられていたとは限らない。皿洗いや包丁研ぎや、大根のかつら?きなどに明け暮れて気がつけば時計が12時を廻っていたのだろう。20世紀のハードワーク社会は、こんな職場をざらに造ってしまった。専門学校から新しい職場に勇躍入ったK君をこんな職場は弾き飛ばして、働く意欲のない若者、ニートの汚名を着せようというのか?



2008.06.09.