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NPO法人ニュースタート事務局関西

直言曲言(代表コラム)

直言曲言 第296回  SM共犯

  今年4月愛知県豊川市で30歳の男が一家5人を殺傷する事件が起きた。殺されたのはこの男の父親とその孫。孫はこの男の弟の子で、他に殺された孫の母親、孫の祖母で容疑者の実母なども切りつけられた。最近のこの手の事件の例にもれず、新聞の見出しには「引きこもり」と言う文字が目立った。若者の殺人事件が起きるとほとんど「犯人は引きこもり青年」という見出しが躍った。無差別的な大量殺人だと精神病の引きこもり青年と疑われるのが常であった。記事を書く新聞記者やテレビでコメントするジャーナリストの頭の中では引きこもり=精神病の図式が成立しているようである。今回の事件に限っては引きこもりである点については疑いようがないようである。引きこもりと決め付けるかどうかの問題ではなく15年間引きこもっていた30歳の無職青年という状態は引きこもりといわざるをえないからである。

 NPO法人理事長二神能基氏は「暴力は親に向かう」という著作があり今年になってこの本が新潮文庫入りした。この一家殺人事件は引きこもりの子を持つ親たちの心配を集め、二神理事長のもとにもマスコミからのコメントを求める声が集まった、ニュースタート事務局関西でも3月に引き続き6月にも講演会を開き親たちの疑問に答えていこうとしている。それに先立ちニュースタート事務局関西通信の5月号では緊急座談会を開きこの事件の問題や親と子のすれ違いの問題について議論した。出席したのは関西事務局のスタッフやボランティアの若者であるが、私が「さすが」と思ったのは出席者のすべてがこの事件の「特異性」をこの殺人容疑者は普段から一家の収入と支出を差配し、父親には5万円、母親には4万円と小遣いを支給していたことだと指摘していたことだ。

 実はこの事件にはいくつかの特異性がある。事件発生の翌日には、この父親の給料を長男が分配していた事実とともに、長男にはインターネットで買い物をする性癖があり、借金が数百万あり、親がネット契約を解除してしまったのに怒ったのが直接の動機であるそうだ。引きこもりの若者にはネット中毒傾向が強く、ゲームに熱中するのは序の口で、ネットでの高額な買い物や、ネットオークションにかまけて売り買いに没頭する人もいる。この中で、私が一番心配するのは最後のネットオークションにかまける人である。ネットオークションの場合買うだけでなく売るという行為も含まれる。やりようによっては時には利益も発生する。引きこもりは人間不信などにより、社会に参加できない状態であるから就職が出来ない、働けないというケースも含まれる。もちろん働けないということはお金が手に入らないということであるから、親は我が子の将来を心配する。引きこもりからの脱出という課題がいつの間にか「どうやってお金を稼ぐか」という別のテーマにすり替わっている場合が多い。ネットオークションでわずかな利益をあげた経験を「自分はお金を稼いでいる。仕事をしている。」と「自己欺瞞」に陥る人が多い。ネットオークションだけでなく父親から与えられたわずかな資金で「株式投資」に手を染め、こちらもわずかな利益をあげた経験をまるで投資家にでもなったように自慢する人がいる。もちろんこうした偶然の利益が一生の仕事選びに代えられるわけもなく、仮に巨万の利益を得たとしても引きこもりからの脱出と言う課題に置き変われるわけではない。後者のケースは父親から与えられた資金が一つのきっかけになっているように、父親の生き様や現代社会の経済的仕組みも引きこもりの若者の生き方をミスリードしてしまう要因となっている。

 殺人事件に関わらず、現代では少し風変りな事件や現象が起きると「ツィッター」や「インターネット」により多数のコメントが寄せられる。興味のある人は例えば「豊川市引きこもり殺人事件」とでも検索して確かめてみると良い。この事件に関するコメントも多いが、私が不思議なのは「インターネット接続を解約されて殺人」とのコメントが多いのに比べて「父親の給料を長男が分配」とのコメントはほとんどないことである。先ほども述べたようにニュースタート事務局関西の若いスタッフは事件の特異性の第一として長男が父親の給料を分配していた事実をあげた。インターネットによるコメント自体に特定の傾向があるのかと思い、私は何軒かの喫茶店を回り、一ヵ月遅れの古い週刊誌を何冊も確かめてみた。事件翌日の新聞には出ていたことだが、残念ながら「給料分配の特異性」に触れた週刊誌の記事は一つも見られなかった。

 インターネットで買い物をする若者とその多額の借金を負わされる親は多い。懲りない若者に対して、インターネット接続を解約する親やパソコンそのものを取り上げてしまう親も多い。これで息子に殺されてはかなわない。この場合確かに親は異常な息子による被害者かもしれない。一方でどういう経緯があるかもしれないが長男が父親の給料を取り上げて父親や母親に小遣いを分配するなんて、ある意味で常軌を逸している。経緯を無視して考えれば、最初から長男の側の一方的な加害行為とは思えない。もともと引きこもりの長男の理不尽な、横暴や家庭内暴力があったのであろうが、その理不尽な暴力を許すような意味不明な親の側の妥協的な行為が憶測される加害・被害の共同共犯行為である。

 殺人事件に限らず引きこもり相談事例にはこの手の共依存的な親子の膠着関係が多い。少し不謹慎かもしれないけれどこの手の理解しがたい親子関係を見ると異常性愛としての加虐(サディズム)と被虐(マゾヒズム)の関係を連想せざるを得ない。別に引きこもりの親子がSMの性愛関係であるというのではないが、サドとマゾとは補完的な性愛関係ではないか。マゾに耐えることを喜びとするような異常な嗜虐趣味があるからこそ成立するSM関係ではないのか。インターネットのコメントにこうした特異性に注目する記事がないのは、SM関係にまでの連想が及ばないのは当然としてもどこかに加害と被害の共犯関係が潜んでいることを暴いてしまうことへの恐れではないだろうか。

 いずれにしてもこの殺人事件の犯人を擁護したり、正当化したりするつもりはない。この事件でも犯人の責任能力や精神鑑定を争うような論議が裁判所で起こっているようだ。弁護士が犯人の人権を擁護しようとするのは当然だが、精神病だから責任能力がないとするのではなく、彼が病的だと言うのならその病的症状に追い込んだ背景的要因を汲んで情状として欲しい。


2010.06.08.