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NPO法人ニュースタート事務局関西

VOICE

契約

これを書くと,ひょっとしたら俺は魔術師として魔女狩り的な事に遭うかもしれない.ただ,もう自殺しようと思っているので,その前に告白しておいても,もういいだろうと思う.
俺はある能力を持っているかもしれない.それは,超能力.
ミスターマリックのようなコインが消せたりする能力なら問題ではない.代表的なのはサイコキネシスというやつで,念じるだけでその物体が思う通りに動くものだ.

小さい頃から,超能力はあったと思う.信号の色を変える事,人の居場所を当てる事,未来に対する予測ができる事,来たことのない道でも,来たことがあるように感じて,すいすい行ってしまった事など….
そんなたわいも無いことなら,告白しても仕方ないと思われるだろう.その通り.なぜ俺が深刻になっているのかといえば,そんなかわいい事,人の役に立つ能力ではないからなのである.
俺は,大学の3回生の夏休み,司法試験の勉強に行っていた予備校をエスケープして,ある古本屋に立ち寄った.俺はそこで,前から興味を持っていた魔術の本を手に入れたのだった.その本は,ロシア語で書かれており,値もかなり張ったが,好奇心の方が強く買ってしまったのである.

そして,その本を読むために,まずロシア語を少し勉強してから,あとは辞書を片手に読み進めていった.第1章は魔術の系譜というか流派的なものが書かれており,俺とすればどうでもよかった.第2章は魔術の呪文が書いてあり,こういう場合にはこういう呪文を唱えれば良い,ということが書いてあった.しかし,この章の呪文は俺の必要としているものはなかった.第3章はいわゆるブラック魔術の章であった.ここにはかなり凄い内容のことが書かれており,俺はかなり強く心をひかれた.ただ,この章の魔術を体得するにはまず,悪魔との契約が必要だったのである.

俺は悪魔との契約がどんなことであるか,大体分かっていた.しかし,その3章に書いてある魔術を体得すると,本当に,この世のことは叶わないものなどなかった.だから,契約することでこの現実世界をのっとる気はなかったが,財産,地位,名誉等競争社会を生き抜いて行くためには必要だと思ったので契約したのである.
契約してからというもの,本当に悩むことなどなく,恋愛も勉強もスムーズに行った.勉強も大学では首席で卒業できそうな勢いだし,司法試験の予備校でもトップクラスを維持できていた.

しかし,契約してから666日後,失恋をきっかけとして俺の魔力は暴走を始めたのである.その失恋の相手は,ミッション系のお嬢さん大学に通っていた子で,家族揃ってキリスト教のカトリック教徒であった.原因はよくわからないが,俺との事を両親がかなり反対しているらしく,多分それに屈服したのであろう.昨日まで一緒に笑い合っていた彼女が,次の日には悪魔払いの聖職者のように俺を敵扱いするような目で見たのである.

黒魔術は白魔術の魔法により防がれる.誰か入れ知恵したのか,彼女の後ろに白魔術系の魔術師がついているのは確かである.なぜなら,白魔術の結界のようなものが彼女の周りを取り囲んでいたからである.この世のことで叶わないものなどない,と思っていた俺の心は,失敗という思いを全くしたことがなかったので,たった一回の失恋というイベントを乗り越えられず,ぼろぼろに傷ついてしまった.俺は自分の手下にしていた悪魔どもをコントロールできなくなってきた.そして悪魔たちは俺をのっとり始めたのである.
それからの俺は思考回路を乗っ取られているのか,凄まじい妄想に掻き立てられ,黒魔術を使いまくった.かわいい女の子が歩いていたら,その女の子は俺が見たとたん首が2メートル程飛んで,首からはシャワーのように血を吹き上げた.俺の歩く地面は,ひび割れ,死霊が現われ,あちこちの人を地獄に引き込んだ.その地獄絵図のような風景はとてもこの世の風景とは思えなかった.
それ以来,心の中に住みつく悪魔と戦うために,自分の部屋にひきこもった.この世を血の海にしてしまう俺の思考を悪魔から取り返すまでは,外に出ることはできないのである.外に出た途端,みんなの首はロケット花火のように飛び出し,死神があちこちで楽しそうに人々を殺し,イーフリートがあらゆるものを焼き尽くすからである.

俺はそれから999日後,同じ黒魔術に詳しい医者にアドバイスをしてもらい,ある薬を飲むように言われて飲んでいる.この薬は俺の悪魔と戦う際の栄養剤みたいなものらしい.確かに,それを飲んでしばらくしたら妄想的なものは消えた.
その医者が言うのには,俺が首を飛ばした少女やひび割れた地面は俺のファンタジーだというのである.だから,俺は警察に出頭しなくてよいそうである.俺はまだ信じられていない.やはり,悪いことを犯したのだろう.それがファンタジーとしても俺は悪魔と契約を結んだことをその医者に話してしまったし,悪魔はそれを許さないだろう.
以上が俺の告白である.
あなたはどう思うだろうか,俺のやったことはファンタジーで妄想したに過ぎないと思われるだろうか.そして,あなたは悪魔との契約をした俺をどう評価するのだろうか.

ユンゲスト